町の学校 校長日記

町の学校校長 

 

全国を駆け巡るCB総合研究所所長 の旅日記

 

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私にも可能な2020年東京パラリンピック・レガシーとは?

パラリンピックという言葉は、1964年の東京オリンピックから正式に使用し始めたようだ(1948年英国のグットマン博士による傷痍軍人の肉体的・精神的なリハビリを兼ねた車いすのスポーツ大会がロンドン郊外で開催されるが、これが始まり)。 最近は、もうひとつのオリンピックという意味で使用している(障害者の国際オリンピック大会としては、1960年のローマ大会がその1回目)。 * パラリンピックは、当時脊髄損傷された方のスポーツによる積極的機能回復と生活の質の向上が主目的であったようだ。 * 私は、わが国におけるこの分野の実態を求めて、20年前に大分県別府市にある社会福祉法人太陽の家と私が当時勤務していた生活文化の研究所の親会社・制御機器メーカーとによる障害者雇用の共同出資会社を訪問した。 訪問時にいただいた太陽の家の記念品 * そこで熱心に働く車いすの社員さんたちを見て、たいへん感銘を受けたものだ。彼らはベルトコンベアーで流れるリレー機器を組み立てていた。保護される障害者たちからチャレンジする納税者たちに変身していたのだ。 * 会社のあるその町・大分県別府市は、車いすの生活シーンが市民生活に馴染んでいた。パチンコ店にも車いすのまま入れる専用のコーナーがあったし、町のタクシーは当時車いすによる利用も一般化していた。運転手さんの車いすの取り扱いは手慣れたものだった。 * 制御機器メーカーの創業者立石一真は『企業は社会の公器である。』と言って、それを別府市で1972年に太陽の家(理事長中村裕医師)と共同設立で実現した。本社のある京都にも同様の障害者のための会社を太陽の家と共同設立している。彼は

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